緑建設の社長ブログ『いつでも真向勝負!』
家づくりの裏表、包み隠さず話します
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プロフィール

(株)緑建設 代表取締役  斉藤正臣(サイトウ マサオミ)

Author:(株)緑建設 代表取締役  斉藤正臣(サイトウ マサオミ)
生年月日 1973/1/20
血液型 A型
趣味 ゴルフ・スノボー
出身地 神奈川県相模原市
(旧津久井郡城山町)
建築業界 22年
(現場監督8年、営業職14年)
緑建設ホームページ
http://www.midori-kk.com/



「東日本大震災」について
まずは、この度の東日本大震災によりお亡くなりになられた方々のご冥福を、
お祈り申し上げます。そして、被害を受けられた皆さま、そのご家族に、
心からお見舞いを申し上げます。

 3/11の地震・津波以降、建築業界でもベニヤなどの加工部材や住宅設備の工場が
被災してしまい、非常に入手しづらい状態が続いています。

 今回の大震災は私にとって、こうした仕事面での関係だけではありません。
実は私の母の実家が、メディアで頻繁に取り上げられている大川小学校(石巻市内)
の近くなんです。津波に数多くの小学生・先生がさらわれてしまった小学校です。

 多くの親戚も、その周辺の海沿いの町で暮らしていました。
地震直後はどの親戚とも全く連絡がつかない中、メディアから流れてくるのは
「壊滅」「廃墟」といった、愕然とする言葉ばかり。

 「もしかしたら、ダメかもしれない……」

 心配な日々が続く中、正直、そんな想いに至ったことも。
しかし、地震発生から4日後に全員の無事が確認でき、ひとまず胸をなで下ろしました。
 その後、親戚から聞いた当時の話しは、それは恐ろしいものでした。

 まず、石巻の母の実家は庭先まで波が迫ったそうですが、すんでのところで、
地形に救われ無事とのこと。
 ただ、私の叔母さんの家族が非常に危ないところでした。
職場にいた「いとこ」は、地震直後に津波が来ることを心配して、海沿いの家で
独り留守番をしているお婆さんを迎えに行ったそうです。ちょうど、内陸の職場から
海へ向かって走る形で、避難経路を逆走するような状態です。

 そして、お婆さんを車に乗せ、来た道を戻り始めてしばらくしたその時でした。
背後からものすごい轟音と共に、大津波が押し寄せてきたそうです。
 いとこは、迫り来る津波の恐怖を背後に感じながら、必死で高台へ向けて車を走らせ、
事なきを得ました。私には想像を絶する体験です……。
 
 つい先日までは、毎日のように親戚の家へ必要な物資を送っていました。
配送業務が再開した3/22の段階では、クロネコヤマトさんから、物資の到着までに1週間?
10日ほどかかると言われたのですが、実際には中1日で親戚のもとへ届いていました。
この場を借りて、クロネコヤマトさんのプロフェッショナルな対応にお礼を言いたいです。

「ありがとうございます」

 復興までには、まだまだ時間がかかると思います。
 子どもの頃に何度も見た、母の田舎の景色。またあののどかな街に戻るまで何年かかるかわかりませんが、微力ながら私にできることをしていきたいと思っています。

0418_a.jpg
<2000.8.15 石巻市長面海水浴場>